※腸内細菌叢(そう)(腸内フローラ):腸内に生息している多種多様な細菌が、バランスをとりながら腸内環境を良くしており、腸内フローラとも呼ばれます。
1. 背景
2021/4/30に締結した別府市、別府市旅館ホテル組合連合会との包括連携協定の元、九州大学都市研究センターは温泉入浴による健康効果について、腸内細菌叢のゲノム解析技術を利用して、その効果の測定を行ってきました。温泉入浴による健康効果については、以下の仮説があります。1)泉質別に様々な健康効果があるとされ、また毎日入浴することで心筋梗塞に代表される虚血性心疾患や脳卒中の発症数が減る、2)温泉入浴により、発症「予防効果」の促進がされている。しかし、温泉入浴による医学的な健康効果はまだ未解明の部分が多く残されています。「免疫力日本一宣言」実証実験では、参加者140人に泉質が異なる温泉に一週間入浴してもらい、その入浴前後の腸内細菌叢をゲノム解析し、その解析結果から温泉入浴の健康効果を科学的に実証しました。本発表では、その結果を報告します。
※生物のDNAがもつ遺伝情報を総合的に解明することです。
※別府市には10種類ある掲示用泉質のうち、7種類の泉質が確認されています。
2. 分析結果
腸内細菌叢のゲノム解析結果から得られた参加者の実験参加前後の疾病リスク値の平均値の差の変化を分析しました。分析の軸としては、参加者が入浴を行った5つの泉質の温泉「塩化物泉」・「単純温泉」・「炭酸水素塩泉」・「硫黄泉」・「硫酸塩泉」と男女別・年代別で分けました。
入浴前後で疾病リスクが減少した疾病は泉質別・男女別で下表の結果となりました(表2)。この一覧から分かるように、泉質別・男女別で異なる疾病リスクの減少が見受けられます。疾病リスクの変化に統計的な有意な結果が出たものとしては、単純温泉に男性が入浴すると「過敏性腸症候群」の疾病リスクが有意に減少することが判明しました(図1左)。また男性の50歳未満では5つの泉質の温泉のどれかに入浴することで「通風」の疾病リスクが有意に減少することが判明しました(図1右)。
表2. 泉質別男女別で疾病リスクが下がった疾病
(※赤字は平均変化量が10%以上減少したもの。「硫酸塩泉」についてはデータ数の関係によりここでは省略しています。)
図1. 統計的有意に疾病リスクが減少した疾病
【参考資料】
温泉入浴による腸内細菌叢の変化
疾病リスクの数値の予測に腸内細菌叢の占有率を用いています。この腸内細菌叢の各細菌の占有率の変化が疾病リスク増減の要因となるものであるため、この腸内細菌叢に関しても分析を行いました。腸内細菌叢における各種細菌は人によって腸内における出現率と占有率が大きく異なるため、今回は各参加者の腸内で上位20件の占有率を持つ腸内細菌を対象に分析を行いました。そしてその中から様々な疾病との相関が報告されている腸内細菌に着目して分析を行いました。下記一覧は着目した腸内細菌が疾病とどのように関連するかをまとめた表となります(表3)。「疾病リスク悪化要因」の列に疾病の記載がある場合、その腸内細菌が増加することによって、疾病リスクが増加すると言われています。一方で、「疾病改善・緩和要因」の列に疾病の記載がある場合、その腸内細菌が増加することで、疾病リスクの減少が見込まれます。
表3. 腸内細菌と疾病リスクの相関表
分析の結果、男性が炭酸水素塩泉に入浴することでビフィズス菌の占有率が増加し、女性が単純温泉に入浴することでコプロコッカスの占有率が増加することが、統計的に有意な結果となりました(図2左、中央)。また50歳未満の女性が塩化物泉に入浴することでフィーカリバクテリウムの占有率の増加が統計的に有意な結果となりました(図2右)。今回有意な結果が出た細菌は増加することで各種疾病の改善要因になることが示唆されています。そのため、温泉に入浴することで、各種疾病リスクを減少出来る可能性があります。
図2. 統計的に有意に占有率が増加した細菌