その結果、自律神経機能の一つである心拍変動※6は、加齢や肥満に伴って低下するとともに、生活習慣病関連因子や腸内細菌叢に関係していることを発見しました。さらに、生活習慣病関連因子の一つである糖化マーカー※7が、QOLに関連していることも発見しました。
これらの研究成果は、第21回日本抗加齢医学会総会(2021年6月/於:京都府)、第32回日本疫学会学術総会(2022年1月/オンラインのみの開催)、第23回糖化ストレス研究会(2021年8月/於:熊本)でそれぞれ発表しました。また併せて、国際学術誌MDPIの以下3誌①「Healthcare」②「Metabolites」③「International Journal of Environmental Research and Public Health」に研究結果について掲載されました。
①Tsubokawa, M.; Nishimura, M.; Tamada, Y.; Nakaji, S. Factors Associated with Reduced Heart Rate Variability in the General Japanese Population: The Iwaki Cross-Sectional Research Study. Healthcare 2022, 10, 793. https://doi.org/10.3390/healthcare10050793
②Tsubokawa, M.; Nishimura, M.; Mikami, T.; Ishida, M.; Hisada, T.; Tamada, Y. Association of Gut Microbial Genera with Heart Rate Variability in the General Japanese Population: The Iwaki Cross-Sectional Research Study. Metabolites 2022, 12, 730. https://doi.org/10.3390/metabo12080730
③Tsubokawa, M.; Nishimura, M.; Murashita, K.; Iwane, T.; Tamada, Y. Correlation between Glycation-Related Biomarkers and Quality of Life in the General Japanese Population: The Iwaki Cross-Sectional Research Study. Int. J. Environ. Res. Public Health 2022, 19, 9391. https://doi.org/10.3390/ijerph19159391
<研究方法・結果>
「岩木健康増進プロジェクト健診(2019年度実施)」で、自律神経機能を測定した987人を対象に、自律神経機能に関連する因子を多変量解析※8で調査をしました。その結果、自律神経機能の一つの因子である心拍変動は、生活習慣病関連因子の加齢や肥満指数に加え(図1)、血圧、血糖値、中性脂肪、腎機能、糖化マーカーに関係し、これらの数値が高い方ほど、自律神経機能が低くなることを確認しました(表1)。
また、同様に心拍変動と腸内細菌叢の測定者950人を多変量解析で調査した結果、腸内細菌の多様性※9が高く、腸内細菌叢中の酪酸産生菌※10が多いと、心拍変動が高いことを確認しました(表2)。
さらにQOLスコアを調査した1053人を対象に、QOLに関連する因子を多変量解析すると、生活習慣病関連因子である糖化マーカーが高いと、QOLのスコアが低くなることも確認しました(表3)。
これらの結果から、フレイルの予防に関連する自律神経機能の維持や向上のためには、生活習慣病対策や腸内細菌叢の改善が重要であることを発見しました。また、生活習慣病対策における抗糖化は、QOLの維持や向上にも重要であることが分かりました。
*回帰係数 : 回帰直線の傾きで表され、各データにおける単位変化量あたりの関連性を示す係数。プラスの場合は正の相関、マイナスの場合は負の相関を示す。
*p値: 仮説を検証する際に用いる確率。一般的に5%未満の確率(p値<0.05)の場合は有意性が認められる。
<研究背景・目的>
「人生は100年」と言われる昨今では、年齢を重ねても元気に充実した生活を送り続けられる心と体づくりが望まれ、近年は中でも「フレイル」が注目されています。「フレイル」は、適切な介入や支援を行うことで、生活機能の維持向上を可能とし、予防することができると考えられます。本研究では、岩木健康増進プロジェクトの健康ビッグデータを活用し、「フレイル」に関連していると考えられる自律神経機能やQOLの関連因子を明らかにするとともに、「フレイル」を予防する方法を調査してきました。
<今後の展開>
さらに、抗糖化などの生活習慣病予防や腸内細菌叢の改善に着目して自律神経機能低下の予防やQOLの維持に貢献する研究を続けてまいります。またその成果を生かし、QOLの向上で楽しく生きる「健康100年時代」を目指して健康長寿を実現する、新しい概念の商品開発やサービスづくりを進めていきます。
【用語説明】
※1 フレイル:
加齢とともに心身の活力(運動機能や認知機能など)が低下し、複数の慢性疾患の併存などの影響もあり、生活機能が障害され心身の脆弱性が出現した状態を示します。
※2 自律神経機能:
心拍変動解析から算出され、心臓自律神経における交感神経機能と副交感神経機能を示します。
※3 生活習慣病関連因子:
食事や運動、休養、喫煙、飲酒などの生活習慣が深く関与し、それらが発症の要因となる疾患(高血圧、高脂血症、糖尿病など)に関連する因子を示します。
※4 腸内細菌叢:
糞便から採取された細菌のDNAから検出された約300種類の細菌群を示します。
※5 岩木健康増進プロジェクト:
弘前大学が青森県弘前市岩木地区で 2005 年から実施している健康調査で、約2,000項目という世界に例のない膨大な検査項目を設けることで、健康ビッグデータを記録しています。
※6 心拍変動:
心拍におけるR-R間隔のばらつき(変動)から算出され、自律神経機能(交感神経と副交感神経の両機能)の総活動を反映しており、心拍変動が低いことは自律神経機能が低いことを示します。
※7 糖化マーカー:
終末糖化産物の一種である血漿ペントシジン濃度を示します。
※8 多変量解析:
年齢、性別、BMIなどを調整した解析で、年齢、性別、BMIなどの影響を取り除いても関連があることを
示します。
※9 腸内細菌の多様性:
シンプソン指数またはシャノン指数により算出され、腸内細菌の種類が豊富かつ均一であることが、腸内細菌の多様性が高い状態を示します。
※10酪酸産生菌:
抗炎症、抗肥満作用があると考えられている酪酸を産生する腸内細菌群を示します。