■背景
髪の外側を覆っているキューティクルには潤滑性があり、毛髪の絡まりやぱさつきを防ぐ重要な役割を果たしています。しかし、キューティクルはダメージを受けやすく、繰り返されるダメージによって剥がれてしまうことがあります。そこで、潤滑性のある成分で毛髪表面の損傷部分を覆い、なめらかな感触にするような、剥離したキューティクルの機能を補う技術が開発されていますが、生活中の擦れや洗髪などで徐々に落ちてしまうことが課題です。花王は、“疑似キューティクル” となるような、生活中の擦れや洗髪に強くて高潤滑性を持つ素材の開発をめざし、これまでの毛髪と素材研究の知見を活かした新しい視点での検討を行いました。
■高耐久性のハイドロゲルを新しいプロセスで開発
素材として着目したのが、柔らかくてツルツルと滑る機能を持ち、化粧品の感触調整などに使用されるハイドロゲルです。ハイドロゲルは、寒天やゼリーのような水を含んだ高分子物質の総称で、架橋と呼ばれる網目状のネットワーク構造によって水分を保持しています。しかし、多くのハイドロゲルは物理的な摩擦に弱く、毛髪に使用した場合は洗髪によって徐々に流れ落ちてしまうため、耐久性の改善が必要でした。
そこで花王は、強いネットワーク構造を持つ、耐久性に優れた新しいハイドロゲルの開発を試みました。検討の結果、ポリクオタニウム-52(PQ-52)*1とアルギン酸Na*2からなるハイドロゲルに、ポリエチレングリコール(PEG)*3を加えることで、ハイドロゲル中に2種類のネットワークを形成できることを見いだしました(図1)。
また、今回の新素材は、材料を独自の方法で混合するだけの簡便な工程で作製できることもポイントです。ハイドロゲルの高耐久化研究は、これまでも盛んに行われてきましたが、既存技術では何度も化学反応を繰り返す方法が一般的でした。今回の方法は工程がシンプル、かつ化粧品で使われている汎用的な素材の組み合わせのため、日常的に使うアイテムへの応用が容易だと考えられます。
*1 カチオンポリマーの一種で、シャンプーなどの感触向上剤として使用されます。
*2 自然由来のアニオンポリマーの一種で、食品用の増粘剤などとして使用されます。
*3 化粧品に汎用的に用いられる感触調整剤で、この素材自体に耐久性の特徴はありません。
■毛髪上での耐久性の検証
新素材を配合したヘアトリートメントを調製し、キューティクルが剥離した髪と、剥離していない健康な髪に塗布し、すすいで乾燥しました。新素材由来の成分の残留箇所を赤色でイメージング*4した結果、新素材の成分はキューティクル剥離部に集中的に残留し、生活を想定した1万回の摩擦*5や洗髪によっても残存していることがわかりました(図2)。
また、新素材配合と無配合のヘアトリートメントを用意し、ブリーチを4回実施してダメージを与えた毛髪にそれぞれ塗布した後、洗髪*6を繰り返しました。髪の毛の絡まり度合いをコーミングフォース測定装置によって測定すると、新素材配合ヘアトリートメントで処理した毛髪は、洗髪を繰り返しても高い潤滑性を示し(図3)、1回の処理によって潤滑機能が保持されていることがわかりました。
*4 TOF-SIMSを用いて、m/z 186のイオン(ポリクオタニウム-52に由来するフラグメントイオンピーク)が検出された場所を赤色に着色しました。
*5 乾燥した毛髪を振とう機に固定し、静置したタオルで毛髪を1万回擦った状態。
*6 シャンプーとコンディショナーを交互に使用して計5回洗髪した後、さらにシャンプーで1回洗髪した状態。
■まとめ
本研究では、2種類のネットワーク構造を持たせることで、潤滑性と耐久性を両立する新しいハイドロゲルを開発することに成功しました。実際の毛髪上でも、摩擦や洗髪で流れ落ちにくく、キューティクルのように毛髪のなめらかさ維持に寄与し、毛髪の絡まりを防ぐことも確認できました。また、今回の新素材は、材料を独自の方法で混合するだけのシンプルな工程で作製できるため、ヘアケア商品への応用が容易だと考えられます。今後、本知見をトリートメントやヘアカラーリング製品などの開発に活かしていきます。